日本とキリスト教の歴史③

このように、当初は豊臣秀吉の援助もあり布教活動も順調であったが1614年に伴天連追放令が発布される。

天正遣欧使節団は禁教令が発布される以前のキリシタンであった。他に殉教していった日本人でパウロ三木の最期演説を見る限り、彼らはキリスト教が求めている信仰を手にしているように見える。

しかし、こういった考え方は全国的には広まらなかった。

まず、日本古来の考え方として神道がある。これは、多神教で地域の自然の神々を信仰するといったものである。

自然豊かな日本はそこで豊穣を願い、祭を行ってきた。神道は様々な儀式はあるものの、義務といった感じではなくむしろ風習といったものだ。

それが仏教と融合して、仏教も日本の土着信仰と結びつく形で姿を変えたものもある。

しかも、日本の神々はオリエンタルな神で、女性的で柔和な部分を持つ。